打順選手名 守備ミート メモ
1番

伊達と共に

2番

最強のリードオフマンと言われる宗像

3番

野球との出会いは小学5年生だった

4番

もともと、走るのが好きだった宗像

5番

小学生になると陸上を始めた

6番

徐々に陸上への愛は増してゆき

7番

槍投げなども始めた

8番

ある日の学校の体力テスト

9番

ソフトボール投げ

<チーム紹介>

彼が飛ばしたボールは遠く、遠くへ飛んでいった
クラスメイトだけでなく、学校中誰も彼よりも強い肩を持つ人はいなかった
自分を強肩と自負していたクラスメイトでのちにタートルズの正捕手、甲本は自分よりも遠くへ飛ばせるやつが学校にいるんだと驚き、甲本の負けず嫌いは発動。
お前も野球をやってどっちが良い選手になるか競争だ!と甲本は宗像に吐く
上等だ!と宗像の負けず嫌いも発動
同じチームで競い合った。
とはいえその時、宗像は甲本の推薦によりピッチャーをしていた。完璧な制球、多彩な変化球、何より速い球が持ち味でさらに打てて走れ、外野の守備も上手い。宗像はシニアで一世を風靡した。高校には甲本と共に愛知工業大学名古屋電化高校へ特待生で入学。高校一年生では一年生ながらエースナンバー、甲本も2を背負い最強バッテリーと言われ、プロからも注目されていた。しかし、そんな宗像に悲劇が起きる。一年生の夏のマウンド、準決勝。ここを勝ち進めば決勝に進み、優勝も見えてくる。相手は石川の強豪、星陵高校。3対2でリードの場面、無死二塁のピンチでバッターはキャッチャーの徳田。彼の打球は一直線にマウンドへ飛んでくる。それが宗像の顔面に思いっきり当たって宗像の頭蓋骨は割れる。宗像は緊急入院。そして、チームはその試合で敗退した。徳田からは病院まで来てわざわざ謝りに来た。現在でも徳田は宗像に会えば謝るたびに、宗像は別にわざとじゃないしそんなに気にしないでくださいよ。と言った。しかし、それがトラウマになりマウンドに立つことができなくなった。立っても投げる前に倒れる。運良く投げられても以前の制球や球速は失われた。変化球も投げられなくなった。
そして本望ではないものの外野に完全コンバート。投球力は失えたものの打撃力、走力に強肩は失われず、甲本と共にプロへの道に進んだ。

Posted by N.H. / No.21685 / Date 2025-12-09 17:14:30

コメント (1)

鳴尾浜 - 2025-12-09 17:25:39

いい物語をありがとうございます。
宗像にそんな過去があったなんて涙涙

名無しさん