| 打順 | 選手名 | 守備 | 打 | ミート | 力 | 走 | メモ |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1番 | 球界最高の爽快タフマン | ||||||
| 2番 | そう呼ばれる川又(30)。 | ||||||
| 3番 | 豪快なパワーに | ||||||
| 4番 | 打ち損じてもヒットに繋げるいやらしさと | ||||||
| 5番 | 外野と内野で放つ強肩。 | ||||||
| 6番 | その姿は多くのファンを | ||||||
| 7番 | 魅了しているが | ||||||
| 8番 | 「タフマン」というのは | ||||||
| 9番 | 彼の生き様から言えることだ。 |
1995年、逢阪府で生まれた川又。父親が社会人野球チームの主砲だったために、父親と素振りやランニングをした。どんどん上達し、父親もそれを楽しんでいる様子だった。
しかし。2004年、悲劇が起こる。父親が試合終わりに横断歩道を歩いていた時、酔っ払い運転手の車に轢かれて無くなったのだ。さらにそれが学校に知られ、クラスメイトからのいじめが勃発する。
最初こそ挫けていた川又だが、ここで彼のタフ精神が働く。どんなに馬鹿にされようと、自分は自分の道をゆく。彼はそう決心した。中学、高校、大学と地道に力をつけた。大学時代には「大学界屈指の有望株」と称された。
彼は2017年のドラフトに出席した。多くの注目選手がいた中で、川又は雑賀を外したクロウズに1位指名。チームでさらに力をつけ、2019年にさスタメンに名を刻むようになっていた。
しかし2020年のある試合。珍しくすっぽ抜けた雑賀の160キロ豪速球が川又の頭に直撃。ヘルメットが割れるほどの衝撃で川又は意識を失った。さらにその頃、川又の父親が亡くなっていることをマスコミに話題にされ、アンチコメントも届くようになった。精神的にも肉体的にも苦しめられた。しかしここで川又は挫けなかった。タフな精神を生かして、怪我の治療に専念した。怪我が完治した後は人一倍努力した。アンチコメントは気にしなかった。ヤジも無視した。その姿勢と爽快なプレースタイルから「烏の爽快タフマン」と呼ばれるようになった。
昨年もたまのスタメンで大奮闘。プレーオフ第2戦では三寺からホームランも放つなど輝きを増している。心も体もタフな男は、何にも屈さず進み続ける。
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名無しさん
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