| 打順 | 選手名 | 守備 | 打 | ミート | 力 | 走 | メモ |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1番 | 昔から大の負けず嫌いだった。 | ||||||
| 2番 | 打者として打てない時。 | ||||||
| 3番 | 投手として打たれた時。 | ||||||
| 4番 | 試合で負けた時。 | ||||||
| 5番 | その度に涙を流して悔しんでいた。 | ||||||
| 6番 | だがこれが松岡自身の | ||||||
| 7番 | 人生の始まりだった。 | ||||||
| 8番 | 思考を変えた。 | ||||||
| 9番 | これが人生の追い風となってくれる。 |
松岡は2003年、宮城県で生まれる。
父が野球指導者だったこともあって、保育園に通っている頃からボール遊びをやっていた。
しかしその頃から父や周りの人も驚いてたという。
「なぜこんなに小さな子供が速球を放り込めるんだ」
そして小学校入学して軟式の少年野球クラブに加入。
普通なら高学年が出る試合に1年生ながら遊撃手で出場。投手としてもマウンドへ。
すでにこの頃から90キロは投げていた。そしてなんとチームが勝ち上がり決勝。これを勝てば一つ上の大会への出場が可能に。
しかしこの試合で松岡が逆転のエラーを喫し、敗北。小6生の少年野球人生に幕を閉じる。
そして松岡はずっと泣き続けた。立ち直れないと思った。しかし、父からの一言で変わる。
「お前はここからや。ここから這い上がって行けばお前は最高の選手になれる。あの負けはお前のせいやない。自分を責めるな。ここから登り詰めろ。」
この言葉を受けて小2〜小5の大会は全て優勝。
最後の小6でも、全国大会優勝を果たした。松岡は数々の中学硬式からスカウトを受けた。この時すでに身長175cm、体重78kgと規格外だった。投手では最速130キロ。
そして中学時代も優勝を積み上げ150キロを投げるスーパー中学生として名門高校へ。
入学即スタメンを勝ち取り、最後の夏は甲子園へ。
4番ピッチャーで甲子園優勝に導いた。その年のドラフトで1位指名を勝ち取った。(6球団競合)
そして今現在、松岡はプロの舞台で活躍している。(プロ1年目は打率277、12HR、投手でも4勝をあげる。)
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名無しさん
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