| 打順 | 選手名 | 守備 | 打 | ミート | 力 | 走 | メモ |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1番 | 今こそは守備要員となってしまった柿沼 | ||||||
| 2番 | しかし、5年以上前のクロウズ黄金時代では | ||||||
| 3番 | 走攻守の三拍子が揃い、パワーもある4番 | ||||||
| 4番 | として恐れられていた。 | ||||||
| 5番 | 彼を動かす原動力は何だったのか | ||||||
| 6番 | それは人間性にある。 | ||||||
| 7番 | 人望もあり、多くの後輩に | ||||||
| 8番 | 指導し、慕われた | ||||||
| 9番 | 実質的に選手兼コーチの彼を見ていきたい |
クロウズ史上最強選手とも言われる柿沼。彼は現役で4番として活躍中から実質的にコーチの役割も担っていた。そして、三池、島津、柴田、川又などなど球界を代表する選手たちを開花させた選手でもあり、彼らを含む多くの選手から慕われていた。なお、川島は元は打撃はいまひとつだったが、柿沼の「君は打撃のセンスあるよ」と言われたのがきっかけで練習して投手最強クラスの長打力を持つようになった。
青森県生まれの柿沼。野球を始めたのはわずか4歳の頃。何にでも努力をして、誰にでも優しく、まさに完璧な人間だった。しかし、柿沼はそれで満足せずにバットを振り、ノック、走塁練習を続けた。そんなに練習しても無駄だとか色々言われたがそれも無視して自分を変えなかった。そして、福島の名門、成功学園へと進学。転機が訪れる。いつもがむしゃらに練習をし続けていたが思っていたほどの成長はなかった。成功学園では野球部なのに野球をしていい時間と野球を忘れないといけない時間がしっかり決められていた。野球をやらないのに本当に野球を上手くなれるのだろうかという不安が柿沼にはあった。しかし、成長はむしろ後者の方があったのだった。これを驚いたがリラックスも重要だと実感した。
見事高卒で2球団競合の末、ドラフト1位でクロウズへ入団。そこでも野球を忘れる時間を大切にして、成長を続け、勝負強さと強打、粘り強さが持ち前のスラッガーとなった。また、それを後輩にも教え、クロウズをさらに強くした。三池の投手起用の提案に粘り強さ、島津の強打に強肩、柴田の強打、川又の堅守に強打、川島の強打は全て彼の指導によるものだった。
今となっては衰え、2、3年後の引退を公にしている彼だが、彼が明日後輩たちがDNAを受け継ぐ。
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名無しさん
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